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No.36
HQ!!
影菅の日2018(影菅)
台風が来るんだって。
窓越しに、空の向こうを見あげて菅原はにわかにそう言った。抑揚のないその声に、影山は雑誌に落としていた視線を持ち上げてかれを見た。顔を窓に傾けた菅原の、まるい、ふっくらとした頬の輪郭が、淡い藍色にふちどられている。それでようやく、互いに向かいあってからずい分と時間が経っていたことに気がついた。机の上の時計は午後の六時を差そうとしていた。
「暗くなってきましたね」
雑誌を膝もとに置いて、菅原の視線の先を追う。かれのへやに入った時にはまだ明るかった空は、いつの間にか厚い雲がひろがり、電線の交わっている向こう側は濃い灰色に染まっていた。
うん、と菅原は頷いて、
「ことしは台風が多かったなあ」
浅く、息を吐いた。
たしかに、ことしは台風の頻発した夏だった。影山たちの暮らすまちには特に大きな被害はなかったが、西日本を中心にひどい水害が幾度も起こった。ふだんニュースに疎い影山さえ、報道を耳にするたびにその被害の大きさに目をまるくしたものだった。
「今回の台風が、最後だったらいいっすね」
細く開けた窓のすき間から風が滑りこみ、影山の前髪をさらう。額に感じる風のつめたさに、思わず目をほそめた。あんなに暑かった夏が嘘のように、空気は日ごとに冷えていき、すでに秋の気配があちこちに漂っている。
夏が終わる。
木々の鳴る音が遠くのほうからきこえ、次第につよくなっていく風が窓硝子を揺らした。雲はひろがりつづけ、やがて完全に空を覆い尽くしてしまう。そろそろ雨が落ちてきそうな様子に、窓を閉めたほうがよいのではとくちにしかけたが、じゅうたんの上にぺたりと坐った菅原に動く気配はなく、言葉をかけるタイミングを逸してしまった。
しばらくふたりで、ぼうっと空を見あげていた。
夏休みが終わり、日常が戻っても、ひたすらにボールを繋ぐ日々になに一つ変わりはなかった。菅原の白い肌が、かすかに日に焼けた。夏のあいだに散髪をしたおかげで、影山の髪の毛がわずかに短くなった。変化など、そのていどだった。
「影山」
横顔を影山に晒したまま、菅原がくちを開いた。はい、と律儀に返事をすると、ふいに視線が絡まった。影の落ちた表情は、時間とともにゆっくりと、そのたしかさを失くしていく。夜の色がかれの輪郭を溶かしていくのを、影山は目をほそめて見つめた。
「ちょっと、こっちゃ来」
ひょいひょいと手のひらを動かす菅原の言われるままに身を寄せると、とうとつに手首を引っ張られた。わっ、と声を上げる間もなく、体が菅原の腕の中に閉じこめられてしまう。額に鎖骨のかたちを触覚する。ぎゅうと頭を抱えられ、すがわらさん、と発した声はくぐもって、影山の内側にじん、と響いた。
つむじに菅原の鼻先が押し当てられるのを感じた。
「……汗臭いんで、ちょっと、」
抵抗するにも憚られて、腕の中におさまった態でなんとかそれだけを言う。菅原はふふっと笑って、
「ちょっとな」
と、言った。
髪の毛の感触をたしかめるように、菅原は影山の頭を撫でた。その手のひらの温度に心臓が軋む。かれに触れられると、いつも、影山の体のどこかがせつなく痛んだ。けっしてつよいちからなどではないのに、まるで締めつけられるようなその感触に影山はうろたえ、どうしてよいのだかわからなくなる。菅原のシャツの裾を掴み、額を鎖骨に押しつけて、すがわらさん、と、ちいさな声でかれをよんだ。
「うん?」
頭上に降ってくる声はあくまで優しかった。
「窓、閉めませんか」
雨降りそうですし、風もつよくなってきたし。台風、来るんでしょう? ――影山の提案に、けれど菅原は「うーん」と洩らすばかりで、とりあう様子はない。
首を捻り、わずかなすき間から菅原を見あげる。かれはまた、顔を窓のほうに向けていた。へやはすっかりと暗くなり、薄墨色に染められたそこで、菅原の輪郭もまたおぼろに滲んでいた。
「あ、」
菅原の唇が動いた。「雨だ」。
ぱた、ぱた、と音がして、それはやがて大粒のしずくに変わり窓を叩きはじめる。風に舞った雨粒が、菅原の前髪と、影山の額に落ちる。
「濡れちゃいますよ」
すでにカーテンの裾に染みができているのを、薄闇のなかにみとめる。うん、と菅原は言い、それでもなお動こうとはしない。
「じゅうたんとか、ベッドも」
「うん」
「……菅原さんの、髪も」
指を伸ばして、毛先についた水滴を払う。菅原のまなじりがすうと下がる気配がした。
一瞬、目の端を閃光が走った。遠くの空で雷が鳴り、ひときわつよい風が窓にぶつかる。
「夏が終わるな」
耳に落ちた菅原の声に、心臓がまた、ちくりと痛んだ。あまりにも頼りのない、せつなげな声だった。
「ことし最後の嵐だ」
視界は夜闇に包まれて、たしかなのは触れあっている肌の温度だけだった。
シャツの裾を握っていた手を離し、菅原の指を探す。あたたかいそれを探りあてると、そのまま指先を触れあわせ、しずかに絡めた。やわく握れば握りかえしてくれるかれの反応が愛しかった。
ごめんな、と、菅原は影山の髪に鼻を埋めて言った。
「もうすこし、このままでいよう」
菅原の言葉に頷くことで返答をし、絡めた指にわずかにちからをこめた。
空を雷の音が駆け抜け、雨脚は、やがてつよいものとなってかれらの世界を覆い尽くす。
(18.0902)
#影菅
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ありがとうございます!
2025.1.11
No.36
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台風が来るんだって。
窓越しに、空の向こうを見あげて菅原はにわかにそう言った。抑揚のないその声に、影山は雑誌に落としていた視線を持ち上げてかれを見た。顔を窓に傾けた菅原の、まるい、ふっくらとした頬の輪郭が、淡い藍色にふちどられている。それでようやく、互いに向かいあってからずい分と時間が経っていたことに気がついた。机の上の時計は午後の六時を差そうとしていた。
「暗くなってきましたね」
雑誌を膝もとに置いて、菅原の視線の先を追う。かれのへやに入った時にはまだ明るかった空は、いつの間にか厚い雲がひろがり、電線の交わっている向こう側は濃い灰色に染まっていた。
うん、と菅原は頷いて、
「ことしは台風が多かったなあ」
浅く、息を吐いた。
たしかに、ことしは台風の頻発した夏だった。影山たちの暮らすまちには特に大きな被害はなかったが、西日本を中心にひどい水害が幾度も起こった。ふだんニュースに疎い影山さえ、報道を耳にするたびにその被害の大きさに目をまるくしたものだった。
「今回の台風が、最後だったらいいっすね」
細く開けた窓のすき間から風が滑りこみ、影山の前髪をさらう。額に感じる風のつめたさに、思わず目をほそめた。あんなに暑かった夏が嘘のように、空気は日ごとに冷えていき、すでに秋の気配があちこちに漂っている。
夏が終わる。
木々の鳴る音が遠くのほうからきこえ、次第につよくなっていく風が窓硝子を揺らした。雲はひろがりつづけ、やがて完全に空を覆い尽くしてしまう。そろそろ雨が落ちてきそうな様子に、窓を閉めたほうがよいのではとくちにしかけたが、じゅうたんの上にぺたりと坐った菅原に動く気配はなく、言葉をかけるタイミングを逸してしまった。
しばらくふたりで、ぼうっと空を見あげていた。
夏休みが終わり、日常が戻っても、ひたすらにボールを繋ぐ日々になに一つ変わりはなかった。菅原の白い肌が、かすかに日に焼けた。夏のあいだに散髪をしたおかげで、影山の髪の毛がわずかに短くなった。変化など、そのていどだった。
「影山」
横顔を影山に晒したまま、菅原がくちを開いた。はい、と律儀に返事をすると、ふいに視線が絡まった。影の落ちた表情は、時間とともにゆっくりと、そのたしかさを失くしていく。夜の色がかれの輪郭を溶かしていくのを、影山は目をほそめて見つめた。
「ちょっと、こっちゃ来」
ひょいひょいと手のひらを動かす菅原の言われるままに身を寄せると、とうとつに手首を引っ張られた。わっ、と声を上げる間もなく、体が菅原の腕の中に閉じこめられてしまう。額に鎖骨のかたちを触覚する。ぎゅうと頭を抱えられ、すがわらさん、と発した声はくぐもって、影山の内側にじん、と響いた。
つむじに菅原の鼻先が押し当てられるのを感じた。
「……汗臭いんで、ちょっと、」
抵抗するにも憚られて、腕の中におさまった態でなんとかそれだけを言う。菅原はふふっと笑って、
「ちょっとな」
と、言った。
髪の毛の感触をたしかめるように、菅原は影山の頭を撫でた。その手のひらの温度に心臓が軋む。かれに触れられると、いつも、影山の体のどこかがせつなく痛んだ。けっしてつよいちからなどではないのに、まるで締めつけられるようなその感触に影山はうろたえ、どうしてよいのだかわからなくなる。菅原のシャツの裾を掴み、額を鎖骨に押しつけて、すがわらさん、と、ちいさな声でかれをよんだ。
「うん?」
頭上に降ってくる声はあくまで優しかった。
「窓、閉めませんか」
雨降りそうですし、風もつよくなってきたし。台風、来るんでしょう? ――影山の提案に、けれど菅原は「うーん」と洩らすばかりで、とりあう様子はない。
首を捻り、わずかなすき間から菅原を見あげる。かれはまた、顔を窓のほうに向けていた。へやはすっかりと暗くなり、薄墨色に染められたそこで、菅原の輪郭もまたおぼろに滲んでいた。
「あ、」
菅原の唇が動いた。「雨だ」。
ぱた、ぱた、と音がして、それはやがて大粒のしずくに変わり窓を叩きはじめる。風に舞った雨粒が、菅原の前髪と、影山の額に落ちる。
「濡れちゃいますよ」
すでにカーテンの裾に染みができているのを、薄闇のなかにみとめる。うん、と菅原は言い、それでもなお動こうとはしない。
「じゅうたんとか、ベッドも」
「うん」
「……菅原さんの、髪も」
指を伸ばして、毛先についた水滴を払う。菅原のまなじりがすうと下がる気配がした。
一瞬、目の端を閃光が走った。遠くの空で雷が鳴り、ひときわつよい風が窓にぶつかる。
「夏が終わるな」
耳に落ちた菅原の声に、心臓がまた、ちくりと痛んだ。あまりにも頼りのない、せつなげな声だった。
「ことし最後の嵐だ」
視界は夜闇に包まれて、たしかなのは触れあっている肌の温度だけだった。
シャツの裾を握っていた手を離し、菅原の指を探す。あたたかいそれを探りあてると、そのまま指先を触れあわせ、しずかに絡めた。やわく握れば握りかえしてくれるかれの反応が愛しかった。
ごめんな、と、菅原は影山の髪に鼻を埋めて言った。
「もうすこし、このままでいよう」
菅原の言葉に頷くことで返答をし、絡めた指にわずかにちからをこめた。
空を雷の音が駆け抜け、雨脚は、やがてつよいものとなってかれらの世界を覆い尽くす。
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