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No.48
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※ご注意ください。・この小説は、ときめきメモリアルGirl's side 3rd storyの名前変換なしの夢小説になります。・本作品の主人公(夢主)には固定の名前があります。・本作品の主人公(夢主)とゲーム内主人公は別の設定です。・本作品中にゲーム内主人公は登場しません。・人の死についての描写があります。・冒頭の短歌は、平岡直子著『みじかい髪も長い髪も炎』収録の連作「Happy birthday」より一首引用させて頂きました。以上のことを踏まえて、了承して頂ける方のみお読みください。
favorite ありがとうございます! 2025.7.7 No.48
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すごい雨とすごい風だよ 魂は口にくわえてきみに追いつく
/平岡直子
激しい雨と風の音がやまない。何度めかの寝返りをうって、アリスはあきらめたようにため息をついた。
目をひらくと、暗闇のなかにかすかに光る金色が見える。健康的に盛り上がった肩にさらさらと流れるそれは繊細な絹糸のようで、手を伸ばしてゆびを絡めたい気持ちにさせる。こんな嵐の夜でも、琉夏の金色の髪の毛は変わらずにそこにあって、アリスを安心させた。肩越しに反対側を向けば、琥一の左耳に付けたピアスが呼吸のたびに揺れている。仰向けの体勢で、片膝をたてて――これは、琥一の寝るときの癖だ、幼いころから変わらない――、琥一もねむっている。
アリスが桜井家に泊まるとき、琉夏、琥一、アリスは三人で川の字になって眠る。琉夏がおそらくどこからか拾ってきたのだろう厚いマットレスに身を横たえて、微妙に高さの合わないまくらに頭をのせて。 三人で眠るとき、アリスは一人で眠るときよりよく眠れた。一人で、ひとりっきりの部屋で眠るときよりも。セックスはしない。とうぜんだ。三人は友だち同士なのだから。ただ身を寄り添いあって眠るだけ。誰かが寝落ちしてしまうまで、おしゃべりをすることもある。桜井家に泊まることは何度もあったが、深夜遅くまで他愛のない話をして、笑って、そのくりかえしがアリスにはたのしくて仕方がなかった。そして琉夏、琥一にとっても、それはおなじだった。
きのうの夕方から、空はぶ厚い雲を怪しげに拡げていた。「嵐が来るかも」。暗い空を見上げながら琉夏はどこかたのしげに言った。「マジかよ、雨戸なおってねえぞ」。琥一が面倒そうにため息をつく。夕食の食器を洗っていた手をとめて、アリスはキッチンの窓から外を見た。灰色の雲、街路樹の枝がさわさわと揺れている。不穏な天気から目を逸らして、泡のついたスポンジを皿に押しつける。
夕食はいつも琥一がつくる。今夜は珍しく贅沢にビーフシチューで、肌寒い夜にそれは体を芯からあたためた。West Beachにはエアコンの設備などないため、ひと昔前の石油ストーブを置いている。それでも部屋全体が暖色系の明かりに包まれているせいか、それほど寒さはこたえない。むしろ一人暮らしのアパートのほうが寒いくらいだ、と、いつかアリスはふたりに言ったことがある。築古で家賃が安いだけが取り柄の狭いアパート。おば夫婦がアリスに与えたのは生活の基盤となるその部屋と、両親が貯めていたアリスのための貯金通帳だった。
アリスは静かに体を起こした。左右にねむっている桜井兄弟を起こさないように細心の注意を払いつつ、マットレスを降りる。
板張りの床はひどくひんやりとしていて、夕食時に部屋を覆っていたあたたかさはとうに消えていた。
サイドテーブル代わりのヴィンテージの椅子――琥一がフリーマーケットで買ってきた――に引っかけていたカーディガンを羽織り、はだしの足で床を踏む。ギシ、とかすかに音が鳴った。
キッチンに行き、電気をつけて水道水をコップに注ぐ。ほんのりと黄みがかった電球の光が、水に吸いこまれ、溶けてゆく。
一杯の水道水を、のどを鳴らして飲んだ。飲みほしても、でも胸のざわつきは消えない。わかっていたことだった。嵐が来る、と、琉夏が言ったときから、暗い空を見つめたときから、きっと今夜は眠れないだろうということは。
リビングのソファからブランケットを取って、窓辺に移動する。レースカーテンが掛かっている窓の向こうで、世界は荒れていた。窓にいくつものしずくが張りつき、滑り落ちてゆく。絶え間なく降りつづく雨と、容赦なく樹々を揺らす風。アリスはしゃがみこんで、カーテンのすきまから真っ暗な夜の闇に視線を向けた。
何を見ているわけでもなかった。ただ、ぼうっとしていたかった。頭のなかは冷静だった。かなしいくらい、ひどく。
「アリス」
どのくらいの時間が経ったのか、聞き慣れた声にふり返る。金色の髪の毛を肩に流した琉夏が、黄みがかったキッチンの灯りの中に立っていた。古い電球の光がかかると、金髪はいっそううつくしく輝いて見えた。夜だというのに。こんなにもかなしい、嵐の夜だというのに。
アリスはくちもとに笑みを浮かべて、「ごめん」と言った。
「起こしちゃった? ごめんね」
足音もなく、琉夏が近づいてくる。薄手のロングTシャツにスウェットのズボンといういでたちはいかにも寒そうで、季節に合ってなかった。「寒いっしょ。これ羽織りなよ」。アリスがブランケットを手渡すと、「うん。寒い」と言って琉夏はすなおに受け取った。声音に笑みが含まれていた。
「ごめんね、安眠妨害した」
再度謝ると、琉夏はくっと笑った。
「アリスがいなくなったら、すぐ気づくよ」
「そう」
「でもコウは寝てる。さすが」
「はは」
息を吐きだすようにして、笑う。アリスの隣に腰を下ろして、琉夏はあぐらをかいた。
「なに見てんの」
「雨」
アリスは言った。カーテンをゆび先ですこしだけ持ち上げ、
「すげえ雨。あと風」
琉夏の声には、内容とはうらはらに感情がこめられていなかった。肌がふるえて、アリスは琉夏の瞳を見上げる。琉夏の視線もまたアリスに向けられる。
「やっぱ、思いだしちゃう?」
特に遠慮のないようすで琉夏は言った。「まあね」。かすかに笑って、アリスは頷いた。
こんな嵐の夜に、アリスの両親は死んだ。
「事故だもの、しようがない」
高速を走っていた両親の車が、視界不良のためにガードレールに突っ込み、二人はそのまま、向こうの世界に行ってしまった。アリスが六歳の、秋だった。
「いやだね、台風の季節でもないのに」
窓硝子がカタカタと音を立てる。勝手口のほうの雨戸は大丈夫だろうか、と、アリスは頭の片すみで考えた。いや、大丈夫じゃないだろうな、次の週末はあのあたりの修繕作業になるだろう。
ふわっとあたたかな手のひらが、アリスの頭にふれた。そのまま、琉夏はアリスの黒く長い髪の毛を梳き、くびすじにふれ、肩を引き寄せた。鼻と鼻とが、ふれあいそうなほどに近くにある。アリスは、でも抵抗しなかった。琉夏の瞳は水をたたえたように光り、うつくしい――ひどくうつくしい瞳だ、と、思った。
「慰めてくれなくて、いいよ」
アリスはふっと息を洩らす。「どうせいつか、忘れちゃうのだろうし」。
琉夏の目がかなしげにほそめられる。
「アリスが忘れちゃったら、おばさんたちかわいそうじゃない」
「さあ……どうかな。わかんない」
「いーよ忘れなくて。忘れらんなくて」
肩を抱き寄せられ、琉夏のくびすじに頬がふれた。そのまま、惰性で体を沈めていく。琉夏からは、花のような、せっけんの匂いがした。やさしい香りだった。
キス、できそう。冷静な頭で、アリスは思った。いまにもわたし達は、キスをしてしまえそうだ。
それでもキスはしなかった。ただ、互いの体温を確かめ合うように、額と額をくっつけた。うすい皮ふごしに、硬い骨の感触。きっとその下にあるのだろう血管と、脳と、その他の臓器を想った。琉夏を、琉夏として構成している要素一つ一つがいとおしかった。
「アリス、好き」
うん、と、アリスは言った。「わたしも好きだよ」。
「じゃあ、ここに住んじゃえよ」
ほとんど本気と受け取れる声音で琉夏は言う。うん。アリスは頷く。うん、そうだね。そうできたら、どんなにいいだろうね。
「俺ら三人で、イッショに暮らそ?」
それは甘ったるい約束だった。まだ幼い、大人ではない彼らにふさわしく、チョコレート菓子みたいにくちの中で溶けていってしまうほどの、甘いあまい約束。
アリスは笑って、つられて琉夏も笑った。
「寒いだろ? ベッド行こ」
琉夏に手をひかれ、アリスはすなおに立ち上がる。窓の向こうでは雨も風も止む気配をみせない。眠れるだろうか、と不安にもなったが、眠れなかったら琉夏の寝顔を、朝までずっと見ていよう、と、そう思った。
「ルカの手、あったかい」
繋いだ手をぎゅっと握りしめてると、琉夏はくすぐったそうに笑った。
#GS3 #桜井琉夏 #桜井琥一