No.50

東京卍リベンジャーズ

名残の朝(カクイザ)

NPO(最終)軸カクイザです。



 ぱちりぱちりと瞬きをするたび、長い、銀色のまつげが光を弾いた。厚い雲の間あいを縫って光がイザナに降り注ぐ。その姿が、まるで天使みたいだ。と、幼い鶴蝶は思った。


 両親の墓をつくっていた。両手で砂を必死にかき集めてちいさなちいさな山を、ふたつ。それをイザナが蹴散らしたのが彼との出会いで、すべてのはじまりだった。
「死んだヤツのことなんて忘れろ」
 と、イザナは鶴蝶の胸倉を掴んで言い放った。平坦でつめたい声。顔にはわずかに笑みを浮かべていた。
 

 イザナはいつ何時も大変な暴君だった。下僕である鶴蝶への扱いは特にひどく冷淡で、絵に描いたような「王」と「下僕」の主従関係であった。でも、どんなときだってイザナは鶴蝶の側にいた。イザナがいる限り、鶴蝶はひとりぼっちではなかった。
 

 ――たぶん、答えなんて出会ったときに出ていたんだよ。


 成長し、すっかり大人になった現在も、イザナは鶴蝶の隣にいて、鶴蝶もまたイザナの隣にいた。カーテンを引っ張り、同時に、うっすらと露が貼りつけた窓も細くあけた。12月の、きん、と冴えた空気が部屋に滑りこんで、裸足のつまさきを冷やした。
 すこしずつ空を裂いてゆく朝の光を見つめて、鶴蝶はひそやかに思う。さっきまで見つめていた、今はまだ寝室で寝ているイザナの顔。まぶたの下に隠れたあおむらさき色の瞳や、それを縁取る銀色のまつげを。
 彼が誰よりも澄んでいることを、鶴蝶は知っていた。それは、まだたいした知恵も知識もついていない子どものときのことだった。直感で、わかったのだ。彼をはじめて見たあの瞬間から。底なしに澄みきった彼を、鶴蝶はほとんど反射的に、守りたいと思った。天使みたいな彼のことを、一生を賭して守ろうと決めた。
「……イザナは、どう思ってんだろうな」
「なにが?」
 声がして、驚いてふり返る。視線の先に、イザナが寝巻き姿で立っていた。眠たそうにおおきなあくびをこぼしながら、鶴蝶の隣へと歩み寄る。寒ぃ、と顔を顰めて、あけたばかりの窓を乱暴に閉めた。
「窓開けんなよ、寒ぃだろ」
 苛立ちがはっきりとこめられた口調だった。
「すまん。空気を入れ換えようと思って……」
「なに、ひとりでぶつぶつ言ってたんだよ?」
「え?」
 鶴蝶の返事を無視して、イザナは強引に、自分のペースへと持っていく。いつものことだから今さら戸惑ったりはしない。ただ、切り出し方が唐突なので、多少驚きはするのだけれど。
「オレが、なんだって?」
「ああ、……」
 先ほどまで耽っていた思考にふと戻り、鶴蝶は目を細めた。
「いや、イザナはガキのころから、ずっとオレと一緒にいてくれてるだろう?」
「気持ち悪ぃ言い方すんな」イザナはいかにも不快そうに唇をへの字に曲げる。「王に仕えんのが下僕の仕事だろが」
 側にいなくてどーすんだよ、とイザナは続けた。鶴蝶は頷きながら、わらう。
「そうだな、うん。でも、オレ、うれしかったんだ。イザナがいてくれるから、オレはあれからもう、ひとりぼっちじゃあなくなった」
 イザナの側にいる――それが鶴蝶の生きる意味になってから、世界が変わったのだ。
「感謝してる」
 鶴蝶はイザナをまっすぐに見つめた。イザナもまた、鶴蝶を見つめかえした。あおむらさき色の瞳に鶴蝶の顔がうつり、鶴蝶の赤い瞳にイザナの顔がうつった。傷ついた自分の顔も、イザナの瞳という鏡を通せば、見つめるのは怖くなかった。
 イザナが瞬きをする。銀色のまつげが光を跳ね返してきらきらと輝いた。天使みたいだな、と鶴蝶はやはり、思う。神も仏も信じちゃあいないが、天使だったら信じられる、と。実際にこうして、目の前にいるのだから。
「これからも、イザナと生きていたい」
 イザナがどう思って、なにを望んでいるかはわからないけれど。すべてはオレのエゴかも知れないけれど。
 ゆびで、額に落ちた前髪をはらった。イザナはふん、と鼻を鳴らした。
「すきにしろよ」
 365日仕事漬けにしてやる、と不穏なことを宣うので、鶴蝶は困ったようにわらった。
 元・天竺メンバーで立ち上げたNPO法人は正式に始まったばかりで、これからもっともっと大きくしていかなければならない。資金繰りだって目下の課題だ。そして片づけられていない書類の山。仕事は鬼のようにあった。
「ああ、なんでもするよ」
「言ったな? 馬車馬のように働けよ」
 朝日がイザナの頬をゆっくりと染めてゆき、憎まれ口を叩く唇を金色の光がしずかになぞった。
 鶴蝶はイザナの手を掴み、きつく握りしめた。つめたい手が鶴蝶の体温によって次第に熱を帯びてゆく。それは心地よい感覚だった。
 ふぁああー、と一際おおきなあくびをして、イザナは傾けた頭を鶴蝶の肩に乗せた。眠ぃ。まだ寝る。ぼそぼそとつぶやいて、鶴蝶の手を引っ張る。
「せっかくの休みなんだから、つきあえよ」
 言われるまま、それなりの力で寝室まで引っ張られてゆく。あいかわらず容赦がないし、人の都合もまるで考えない男だ。これから朝のランニングに行き、トレーニングに励む予定だったのだけれど、王の言うことは絶対である。鶴蝶はおとなしく、寝室のベッドに横たわった。
 毛布に潜りこむと同時にイザナは寝入ってしまった。その銀髪に、そっと触った。髪の毛は呆気ないくらい、ゆびのあいだをさらさらと溢れていった。
 イザナのちいさな頭をなん度も撫でながら、鶴蝶も目をとじる。眠くはなかったけれど、イザナの体温が感じられる今を逃すのは、惜しかった。
 恋や、愛。そういうものに分類されるのだろうか? オレのこの、こそばゆいような、ぬるい感情は。そんなもの、すこしも知らずに生きてきた。今まで側にはイザナしかいなかったから。これが恋だろうが愛だろうが、なんでもよかった。ただ目の前にいる彼を、たいせつにしていたいと思うだけ。
 この名前のない関係がいつまで続くのかはわからない。変わらないことは、彼は絶対的な王で、――そしてオレだけの天使、だということだ。こんなことを言ったら気色悪ぃと言って殴られそうだから、絶対に口にはしないけれど。
 あいしてる。ふいにそんな言葉を唇に乗せようとして、やめた。やにわに薄目を開けたイザナと、視線が絡まった。彼はしばらくのあいだ鶴蝶を見て、そうして、再び目を閉じた。銀色のまつげが揺れて、震える。
 鶴蝶は手の甲で口を抑えると、枕に顔を沈めた。次にイザナが起きた時には、また何事か罵られるだろうと覚悟しながら。


初出:24.1228
#カクイザ

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