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No.58
東京卍リベンジャーズ
大人とらふゆ/ペットショップ店員さんの平和軸*ほとんど友愛です。*一虎くんって顔はいいんですよねっておはなし。
favorite ありがとうございます! 2025.7.27 No.58
ありがとうございます!
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「なあ見て見て、なんかめっちゃ貰っちゃった」
両手に提げた紙袋をガサガサ言わせながら、一虎が休憩室に入ってくる。シフトの確認のためにパソコンを睨んでいた千冬は入り口をちらと見やると、うわっ、と露骨にいやそうな顔をしてみせた。それに構わず、一虎は長テーブルの上に紙袋を置く。赤や黒や白の紙袋にはそれぞれ、なんと読むのが正解なのか千冬にはわからない英字が並んでいる。中に入っているのだろうチョコレートが、箱を開けずとも甘い匂いを休憩室に放って、昼食を逃してしまった千冬の口内に唾液が滲んだ。
「お客さんと個人間のもののやり取りしちゃダメですって」
「えー、いいじゃんか、今日くらい」
「アンタにそういうのゆるすと癖になりそうだからダメっす」
「ひでぇ偏見」
一虎は唇を尖らせたが、紙袋の中を弄る手の動きは止めない。
今日は二月十四日、バレンタイン・デイだ。千冬には昔も今も縁遠いイベントである。女性からバレンタインと銘打って甘いものをプレゼントされたことなど、義理だとしても一度もない。それは一虎も同じだと思っていたのだが、予想をおおいに裏切って彼は複数人の客からプレゼントを受け取っていた。
当然、こちらはただの店員であちらはただの客なのだから、個々人でのもののやり取りはトラブルに繋がる恐れもあり、基本的には厳禁である。しかし客の中には、ここで買っていった動物たちのその後の成長過程を報告したり、世話の相談を持ちかけにやってくる者も少なくない。店が愛されて、信頼されている証拠だ。それはよいのだが、相談というのは口実で、明らかに一虎目当てと思われる女性客が一定数、いるのも事実だった。それもそう少なくはない数で。
「なんでアンタがモテるんだろう……」
千冬はつくづく解せない気持ちで、エンターキーをターンッ、と叩いた。
「そりゃあオレがイケメンだからだろ」
「みんなその顔に騙されてほいほい寄ってくるんすね」
千冬は頬杖をついて、丁寧に包装された箱を紙袋から取り出していく一虎を見やった。彼はまあたしかにイケメンと呼ばれる部類に属していると思う。おなじ男として悔しいが、それは千冬も認めるところだった。
彼の顔立ちは整っていて、きれいだ。髪の毛を肩ほどまで伸ばして、どことなく中性的な雰囲気をまとっているところも、女性客からの人気を呼ぶのかもしれない。
「あ、これ、すげーうまそう」
包みをほどき、箱にうつくしく鎮座するチョコレートを真剣に見つめる。そんな一虎の横顔は、輪郭がくっきりとしていて、思いのほか長い睫毛が頬にかげを落とした。はじめて来店した客が、ちらちらと一虎を盗み見る理由がよくわかる。
――顔は、いいんだよなあ、ほんとうに。
まったく解せない、と思いながらも、千冬は一虎のきれいな横顔から目を離せなかった。
「なあ、いっこやるよ」
一虎が無邪気な笑みを浮かべながら箱を差し出した。そんだけ貰っといてお裾分けは一個だけスか。呆れて言うと、
「お客さんからの愛を、オレは真摯に受け止めんだよ」
へらへらと笑いながら、一虎はチョコレートを一粒、口に含んだ。それに倣って、千冬も、白い縞模様のついたミルクチョコレートを一粒摘み上げた。甘い匂いに涎が垂れそうになって、慌てて口に入れた。休憩をとっていないため空腹で仕方がない千冬に、それは麻薬かと思うほどの恍惚を齎した。
「うんまっ!」
思わずそう言うと、一虎は、「もうやんねーよ」と牽制した。ケチだなあこのひと、と千冬はため息をついた。
「一虎くん、もうちょっとだけ他人に優しくなったらきっともっとモテますよ」
「いやあ、これ以上モテてもしようがねーし」
千冬は椅子の背もたれに背中を押しつけて、一虎を見上ぐ。蛍光灯の下で、金と黒の混ざった長髪がさらさらと流れる。それを、きれいだな、と千冬は思った。
「チョコレート、もっといっぱい貰えますよ」
「んで、食いきれない分はモテない社長にお裾分けするって?」
「一虎くんがそうしたいんなら」
一虎は紙袋の中に箱をしまっていく。残りは家に帰ってから、ということだろう。
「社長にはもっといいもんやるよ」
唐突に、一虎はロッカーから手のひらサイズの小さな箱を取り出した。虚をつかれた千冬が目をまん丸にしていると、
「はい、年中モテないかわいそな社長にプレゼント」
千冬はぽかんとした表情で、押しつけるように手渡された箱を見つめた。白地の、シンプルで上品な紙に、ご丁寧にリボンまで巻かれている。
「……なんでいつもよけいな憎まれ口ばっか叩くんすか」
モテないっすよ、そんなんじゃあ。千冬はぶつぶつ言いながらも、甘い香りをまとった箱を両手に抱えた。潰さないように程よく力を抜いて、顔が熱いのを悟られないよう、わずかに俯いた状態で。
「べつに、これ以上モテなくってもいいよ」
一虎の声はじつに軽やかだった。まるでなんでもないふうに、さらりと言ってしまう。
アンタ、ほんと、そういうとこだぞ。千冬はツッコミを入れたい気持ちを抑えて、開きっぱなしにしていたエクセルの画面をそっと閉じた。
シフトの調整は、明日の朝一番に回してさっさと終わらせよう、と決めた。
(2024/02/15)
#とらふゆ