2025.08.18 「シーツ」 #涼啓 #掌篇 #D read more 顔を近づけても、啓介が逃げなくなったのはなん度めのキスからだったか。数えることを忘れるくらいくちづけてきた今となっては、ただ啓介の唇が持つあたたかさを享受するだけでよかった。自分のそれとはすこしだけちがう、ぽってりとした唇はかさついていて、でも充分にやわらかい。ふれると、まるでそれが合図のように、うすく開いて浅く息がこぼれる。その瞬間が涼介はすきで、なん度味わってもたまらない気持ちになるのだった。胸の奥がぎゅうっと締めつけられて、どうしようもないせつなさに心を預け、このかわいい弟を力いっぱい抱きしめたくなる。 背中に回しかけた腕がいつも、寸でのところで止まるのは、理性とやらがわずかにでも残っているからなのか、それとも単に自分が臆病なだけだからか。両方、かな。細く目をあけて涼介は思う。皮ふを触れ合わせているゼロ距離では焦点が定まらず、それでも啓介のきれいに生え揃った短いまつげがかすかに震え、目尻にうす桃色が差しているのを見つけ、涼介はうっそりと喜ぶ。 啓介が兄になにを期待して、なにを求めているのか、涼介は知っていた。それをすぐに差し出すことのできないもどかしさに胸は痛むけれど、差し出さない限り弟は、ずっと自分を求め続けてくれる。そう思うと、このまま、このあいまいな関係のまま、留まっているのも良いのかもしれなかった。 ――ずるい、 うっすらとひらいた弟の目と、目があう。視線が一瞬だけ交わって、啓介の目はまたすぐに閉じられたけれど、その瞳の表面が濡れて光ったことに涼介は気づいていた。「ずるいよ」と、まなざしだけで涼介に甘えたことにも。 アニキは身勝手で、ずるいよ。 啓介が訴える、声にはしないその言葉を、唇越しに涼介は読み取る。すまない、わかっている。涼介もまた声にはせず、啓介に伝えた。 身動ぎをすると、成人男性ふたり分の体重にベッドのスプリングが軋む。清潔な白いシーツが波打って、まるで海のようだった。 この海に、一緒に沈んでしまおうか? ――心の中で静かに問いかけて、涼介はゆっくりと、弟から体を離した。 close わたくしの精神安定‥^^ memo favorite ありがとうございます!
#涼啓 #掌篇 #D
顔を近づけても、啓介が逃げなくなったのはなん度めのキスからだったか。数えることを忘れるくらいくちづけてきた今となっては、ただ啓介の唇が持つあたたかさを享受するだけでよかった。自分のそれとはすこしだけちがう、ぽってりとした唇はかさついていて、でも充分にやわらかい。ふれると、まるでそれが合図のように、うすく開いて浅く息がこぼれる。その瞬間が涼介はすきで、なん度味わってもたまらない気持ちになるのだった。胸の奥がぎゅうっと締めつけられて、どうしようもないせつなさに心を預け、このかわいい弟を力いっぱい抱きしめたくなる。
背中に回しかけた腕がいつも、寸でのところで止まるのは、理性とやらがわずかにでも残っているからなのか、それとも単に自分が臆病なだけだからか。両方、かな。細く目をあけて涼介は思う。皮ふを触れ合わせているゼロ距離では焦点が定まらず、それでも啓介のきれいに生え揃った短いまつげがかすかに震え、目尻にうす桃色が差しているのを見つけ、涼介はうっそりと喜ぶ。
啓介が兄になにを期待して、なにを求めているのか、涼介は知っていた。それをすぐに差し出すことのできないもどかしさに胸は痛むけれど、差し出さない限り弟は、ずっと自分を求め続けてくれる。そう思うと、このまま、このあいまいな関係のまま、留まっているのも良いのかもしれなかった。
――ずるい、
うっすらとひらいた弟の目と、目があう。視線が一瞬だけ交わって、啓介の目はまたすぐに閉じられたけれど、その瞳の表面が濡れて光ったことに涼介は気づいていた。「ずるいよ」と、まなざしだけで涼介に甘えたことにも。
アニキは身勝手で、ずるいよ。
啓介が訴える、声にはしないその言葉を、唇越しに涼介は読み取る。すまない、わかっている。涼介もまた声にはせず、啓介に伝えた。
身動ぎをすると、成人男性ふたり分の体重にベッドのスプリングが軋む。清潔な白いシーツが波打って、まるで海のようだった。
この海に、一緒に沈んでしまおうか? ――心の中で静かに問いかけて、涼介はゆっくりと、弟から体を離した。
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